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はなうた横丁

 ふらっとゆる〜く息抜きに。

人間関係の本質。想いを、感情を、伝えていけ。

LIFE LIFE-考えたこと

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人を大切にしなさい

そう教えこまれてきた僕は、なにがなんだか分からずにとりあえず真面目にソレを遵守してきたのだけど、そうやって生きていると、人が絡まないと起こりえない、さまざまなシーンに出くわすことがあるんだよね。

それは人から心配されたり、人から信頼されたり、人との関係で悩んだり、人から笑わせてもらったり、みたいなことなんだけど、どうやらそれらは自分ひとりでは起こらない出来事みたいで、「」と生きているからこそ体験できることのようで、ソイツの正体をどうにかして暴いてやりたかったんだ。

ぼくは「人と生きること」をチョイスしてから、幸せになった。でもそれは、なぜなんだ?
 

人を大切にすること

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ぼくがまだ小さい頃、ふだんは穏やかでほとんど怒ることのない母親にめちゃくちゃ叱られたことがあった。それはぼくが何の気なしに発した言葉で「人の気持ちを傷つけた」ときだったんだよね。友達がそれで泣いちゃった。

で、母親激怒。閻魔大王よろしく、めちゃくちゃ怖かった。どうしてそんなに怒るのだ。いつもはこんなことじゃあ怒らないじゃないか。悪いことはしちゃったけど、そこまで怒ることだろうか?

当時はそんな疑問が脳内をぐるぐる走り回っていて、なんでそんなに叱られているのかが理解できていなかったんだけど、今ならわかる。

人生において「」がなによりも財産で、目の前の一人を大切にすることが、幸せに生きることに繋がるってこと。

人から受け取るもの、与えるもの

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そこから僕は人の気持ちってもんをちゃんと考えるようになった。ちっこいアタマなりに考えて、友達を大切にするようにした。

そうするとね、不思議と人が好きになっていった。あの人も、こいつも、あの子も好きで、なんだかそんな人たちに囲まれていることが幸せで、勝手に浮かれていった。

それからというもの、毎日が楽しくなったんだよね。学校にいけば好きな人たちがいて、ふざけたり、マジメな話をしたり、遊んだりね。今思い出しても笑えるようなアホなこともたくさんしたなあ。そんな大好きが詰め込まれた日々は、卒業証書とともに引き出しにしまった。

いま思えば、あの頃からぼくは「人を大切にする」ということをしていた気がして、言葉には出さないけれど「好きだ」という気持ちをもって人と接していた。たぶん、それが相手にもなんとなく伝わっていて、返ってきていたんだとおもうなあ。まぎれもなく、幸せな循環が起こってた。

だからね、ちびっこ時代に全力で叱ってくれた母親には感謝しているんだ。超怖かったけどね。
 

想いを伝えること

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誰しも生きていると、いろんなことを感じるとおもう。仕事をしているとき、上司に怒られたとき、恋人とケンカをしたとき、友達と笑いながらお酒を飲んでいるとき、なにかを達成したとき、だれかと過ごしているとき。

悩んでもやもやしていたり、悔しかったり、苦しかったり、はたまた嬉しかったり、幸せだったり、にやにやしちゃうくらい楽しかったりもすると思う。

そんな感情の揺れうごくときには必ずと言っていいほど「」が絡んでいて、だからこそ、そこに自分の感情やら想いやらが登場してくるんだよね。人を大切にしようと思えば思うほど想いは溢れてきて、感情は動かされるのだ。やっかいなもんで。

でね、この「想い」とか「感情」ってのは生モノでさ、そのときに伝えてあげないと、人に伝わらないまま薄れていっちゃうし、消えていっちゃうんだよね。

あのとき想っていたことも、あのとき感じていたことも、そのときその瞬間に伝えないと、どんどん鮮度は落ちていっちゃう。あなたのその温度は、今この瞬間に伝えないと伝わらなくってさ、放っておくと冷めていっちゃう。人の気持ちを動かすのが熱量なのだとしたら、それってすごくもったいなくて。
 

その身体いっぱいに表現していけ

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人を大切にしたい。でも、人と真剣に向き合うと、そのぶん悩みも生まれるし悲しいこともある。感情の振れ幅がおおきくなるぶん、マイナスに振れたときが怖くてさ。そのジレンマがずっと引っかかっていたんだよね。

でもね、気づいたことがあってさ。「想い」や「感情」って、その人の生きた証だとおもうんだよ。その人がなにを想って生きているのか、なにを感じて生きているのか、そこに「その人」が詰め込まれているとおもうし、人生そのものだと思うんだよね。

だからぼくは「苦しい」とか「悔しい」とかっていう一見マイナスに見える感情でさえも好きだなあと思ったりするし、生きてるなあと感じるし、そんな感情さえも表現していきたいなっておもう。マイナスの感情って外に出すのは恥ずかしいんだけどね、出すようにしてる。

よくさ、嬉しいときは幸せそうに笑って、悔しいときは泣いて、苦しいときは落ち込んで、楽しいときはニヤニヤしちゃってるような、感情のままに生きてるなって人いるよね。そうゆう人をみて、うらやましいなって思う。自分もあんなふうに感情をさらけ出して、想うままに生きていきたいなって思う。

たぶん人は、自分を表現して生きていきたいんだと思うな。生きている証を残したい。ここにいるよって叫びたい。

それをね、惜しみもなく伝えることにしたんだよ。ぼくはだれかの叫びを聞きたい。あなたの想いを聞きたい。だからまず、自分が叫ぶことにしたんだ。想いをまっすぐに伝えることにした。
 


生きていることって、奇跡みたいなことだと思うんだ。今この瞬間になにかを感じることも、だれかを想うことも。

ぼくはあなたに自分らしく生きてほしい。想いを止めずに、感情を抑え込まずに、自然体に笑っていてほしい。そのためには、自分の世界から変えてく必要があってさ、

自分の感情にウソをつかずに、抑え込まずに、想いを止めずにさ、本音で生きて、自然体に生きて、ちゃんと「自分」を生きる。自分が好きな自分でいてあげる。

そうして自分のなかに生まれた「好き」が溢れて、人に伝わって、循環していって、人と生きていけるんじゃないかって気付いたんだよね。すべての始まりは人じゃなくて、自分だった。

それからというもの、自分の想いをちゃんと伝えることにした。どう思われるのかもわからない。嫌われちゃうかもしれない。いつだって怖かったりする。でも、そのことが、人を大切にすること、人と向き合うことの本質だと知ったから。

 

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