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はなうた横丁

 ふらっとゆる〜く息抜きに。

自分を偽ることに意味はあるのか。


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最近考えることがあるんです。
 
自分を偽って生きていくことに意味はあるのか
って。
 
自分の感情にそむくこと、自分に嘘をつくこと、そんなことってどうしてもしがちなんだけど、そこに何の意味があるんだろう。
 
それをしていった先に、
なにが待っているのだろう?
 
そんなことを考えてみたので書いていく。
 
 

AM 8:00

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朝。近くのコメダコーヒーに身を置いて、いつものようにボーッとしていた。なにを考えるでもなく、ひたすらアタマを空っぽにすることを楽しんでいた。
 
そんなとき、ふと言葉が浮かんでくるときがある。おそらくアタマの中に余白をつくってあげることで、それまで浮かびそうで浮かんでこなかったワードが入り込むスペースが生まれるのではないだろうか。その日もそんな感覚があった。
 
自分を動かしているのは誰だ
 
まさにぼくが最近考えていたことであった。
ふと浮かんできたこの言葉をキッカケに、朝のティータイムは自分内会議の時間へと変わり、アイスコーヒーの入ったグラスは汗を流したまま放置されることとなった。

 

 

自分を動かしているもの

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いったい誰が自分を動かしているのだろうか。
ぼくが行動をするとき、発言をするとき、なにによって、どんなチカラが働いてこのカラダを動かすということに至るのか。
 
僕を動かしているのは、いつも心配してくれる親なのか、すべて打ち明けられる親友なのか、はたまた上司なのか、世間体というものなのか、社会や評価と呼ばれるものなのか。
 
自分は何に動かされているんだろう。
そんなことをずっと考えていて、めずらしくハッキリと答えがでた。
 
僕を動かしているのは自分だ。
 
当たり前のことなんだけど、自分自身は自分の意志のもとに動いていて、だれの支配下にもない。そんなカンタンなことすら忘れていたよ。
 
 

支配されるな

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自分で自分を動かしているのなら、まず言い訳は出ない。だれに動かされたわけでもなく、自分でそれを選んで、動いて、やっているから。
 
たとえば会社に対して愚痴や不満を漏らす人もいるけど、その道は確実に自分自身で選択していて、その会社に毎日出向いているのはあなたで、不満そうな顔をしながら働いているのも、まぎれもなくあなた自身なんだよね。
 
つまり言い訳をしたり、今いる環境に愚痴を吐いたり不満を漏らしたりする人は、自分のいきたいほうに動けばいいだけなんだよね。自分を動かしているのは自分なんだから。それをあたかも他人のせいにしちゃっている人が多くて多くて、ちがうよって言いたい。
 
そこにいるのは、選んだのは、そう動いたのは、その環境を作ったのは、あなた自身なんだよ。と。良くも悪くもね。
 
それがたとえば超ハッピーな環境や人生ならばそれはもちろんあなたが動いたことで作られたモノで、引き寄せたモノで、素晴らしいとおもうんだよね。
 
支配権を勝手に相手に渡しちゃってるだけで、本来は自分の手元にちゃんとある。人はいつだって自由で、だれにも縛られちゃいない。
 
 

自分の人生に責任をもて

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お前はずっと前から自由だろうが
 
伊坂幸太郎さんの小説でそんな言葉を読んだときにハッとした。当時ぼくは何かに縛られていて、自分のやりたい方向に進めなかった。
 
やりたいことはあるのに、「この環境じゃできない」とか「仕事があるから無理だ」とか「上司が、、親が、、」とかそんなことばかり言っていた。
 
いま思えば「アホか」とつっこみたくなる。
 
お前自身が勝手に環境に縛られていて、勝手に周りに縛られていて、勝手にムリだと思ってるんだよ。だれもお前を縛ってなんかいないし、引き止めちゃいないし、ムリだとも言ってない。思い込むのも、自惚れるのもいい加減にしろ。
 
そんなことを言ってやりたい。
お前は、ずっと前から自由だろうが。と。
 
 

自由であれ、自分であれ

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心が自由でいられないとうことは、
「自分」でいられないということと同義なんだよね。気ままに、自然体に生きていることがあなたらしさを引き出すのなら、「我慢」はあなたの個性を潰す。
 
そうまでして、そこにしがみつく必要はあるのかな?と感じる。
 
だったら自分の好きなこと、やりたいことをやって、毎日いきいきした顔で笑って、毎日にやにやしながら楽しく生きたほうが絶対にいい。あなたがそうなりたいと思い動けばその未来は遅かれ早かれ作られていく。
 
 

自分を動かしているのは自分だ。

 

仕事をやめようと思えばやめられるし、環境を変えようと思えば変えられる。人と関わりたいと思えば関ることはできるし、旅に出ようと思えば出れる。動かしているのは自分だからだ。だれに支配されてるわけでもない。
 
心の声に素直に、軽やかに、行きたいと思った方向へ進んでみたらいいコンパスは常にワクワクのなかに置いておいて、自分をコントロールしていくんだ。
 
「自分」を生きることなんて、笑っちゃうくらいカンタンだったことに気付くよ。
 
 

自分を偽って生きていくことに意味はあるのか

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ぼくらはいつだって一回きりの、一発勝負の、
巻き戻しのきかない人生を生きてる。
 
いつかは終わりがくるし、それは意外にも早かったりする。嫌だった昨日のことなんて気にしている暇はなかったりするんだよね。
 
結局はね、あなたがあなたらしく生きられる時間が多ければ多いほどいいとおもうんだ。我慢の時間が減ったらいいとおもうんだ。自分を殺して仮面をかぶって生きている時間が、少しでも減ったらうれしいんだ。自分に嘘をつきながら生きるのはキツイからさ。
 
自分で自分の人生にオッケーを出せていれば、
それでいいとおもうんだよね。
 
出せてる?